温泉名 | いりおもてじまおんせん 西表島温泉 |
施設名 | いりおもてじまおんせん 西表島温泉 |
所在地 | おきなわけんやえやまぐんたけとみちょうたかな 沖縄県八重山郡竹富町高那243 |
場所概略 | 西表島の大原港より車で、北へ行く道を約20分くらい進む。 |
駐車場 | 専用駐車場あり。20台くらい停められる。無料。 |
営業時間 | 11:00〜21:00 |
料金 | \1,200 |
風呂数 | 男女別露天風呂各1、男女別内風呂各1、男女別サウナ各1、共浴露天風呂2、共浴半露天風呂1、共浴サウナ1、屋外プール2 |
脱衣所 | 男女別各1 |
泉質 | ナトリウム・カルシウム−硫酸塩泉(低張性中性温泉) |
湯色 | 薄茶色 |
問合せ先 | 09808-2-9836 |
入湯日 | 2002/8/6 |
感想 | 日本最南端を謳っている温泉。日本最南端であると同時に日本最西端でもある。屋内と屋外にそれぞれ浴場があり、屋外は水着着用で共浴になっている。また、プールも2つある。屋内の浴場は露天風呂と内風呂があるが、どちらもお湯は薄茶色で、沖縄の土地を反映してかぬるめ。明らかに循環湯だとわかるくらい、温泉の成分が少ない。 |
評価 | 4 |
西表島(いりおもてじま)温泉は西表島にあります。
西表島温泉に行くには、まず西表島にどうやって行くか説明しなければなりません。西表島へは飛行機で行きたいところですが、西表島に直接行く飛行機はありません! 西表島には空港がありません。ですから、船で行くしかありません。船といっても、西表島に行く船は石垣島からしか出ていません。そのため、西表島に行くには石垣島を経由する必要があります。
石垣島へ行くには、本土からも飛行機が出ていますし、沖縄本島からも飛行機が出ています。また、船で行くこともできます。飛行機では、JTA(日本トランスオーシャン航空)やANK(エアーニッポン)が羽田空港から直接石垣島へ行く便を運航しています。ただ、羽田空港から石垣島へ行く飛行機は便数が1日に2、3便しかないので不便です。沖縄本島を経由すると、比較的自由な時間を選択して石垣島へ行くことができます。
飛行機で石垣空港に着いたら、今度は石垣港に行かなければなりません。石垣空港から石垣港(離島桟橋)はちょっと離れていて、タクシーで約10分かかります。石垣港からは、離島桟橋から出ている船を利用して西表島へ行くことになります。西表島に行く船は、八重山観光フェリー、安栄観光が出しています。それらを利用して、西表島の大原港、あるいは船浦港に行くことができます。また、船によっては鳩間島を経由して、船浦港の近くの上原港に着くものもあります。大原港と船浦港の違いは、大原港が東の玄関と言われているのに対し、船浦港は西の玄関と言われています。大原港よりも船浦港の方が島の人々や民宿などの観光施設も多く、観光で行くのであれば船浦港に行ったほうがいいと思います。私たちは仕事で、しかも船浦港と大原港のほぼ中間の位置に現地調査に行ったので、どちらでもよかったのですが時間の関係で大原港に到着しました。
私たちはその日は沖縄本島から飛行機で石垣島へ行き、石垣島で打ち合わせをしたあと、石垣港の離島桟橋へ行きました。離島桟橋で乗船待ちをしているときに、驚いて撮った写真が左写真です。これは色を加工したりしていません。撮ったままの色です。海の色が東京とはまるで違う! 沖縄の海は本当にエメラルドグリーンだっ!!と思いました。これで天候が晴れていれば、それはもう澄んだ色をしていたんだなあと思いました。ちょっと晴れたときの海を撮ることができなくて残念でした。
石垣島の海
私たちが乗船したのは安栄観光の「あんえい号」でした。この船は石垣港から大原港を約1時間で結ぶ旅客船です。行く途中は天候が悪かったため、海も荒れていました。しかし、荒波をもろともせずにぐんぐん進んでいました。前後に激しく揺れていたのですが、ちゃんと西表島に到着できて、すごい船だと思いました。
今回、私が西表島に行くことができたのは仕事でだったのですが、とても幸運でした。自分で行くのであれば旅費がものすごくかかってしまいます。会社に感謝したいと思います。
西表島の住所は八重山郡となっていますが、これは八重山列島の一部だからです。八重山列島には、石垣島、竹富島、西表島、小浜島、鳩間島、嘉弥真島、黒島、新城島、波照間島、与那国島の島があります。全部で8島、と思ったら10島ありました。八重山だから8つの島で構成されているということはないようです。ちなみに、この中で新城島とありますが、何と読むかわかりますか。これは「しんしろじま」でもなく、「しんじょうとう」でもありません。「あらぐすくじま」と読みます。本土出身の人にはわかりませんね。沖縄の方言では、「城」のことを「ぐすく」と言うそうです。地名で「城」を「ぐすく」と読む場合が多いです。しかし、人名では「ぐすく」とは読まないで、「しろ」や「じょう」の方が多いですね。ちなみに、この新城島は2つの島で構成されています。上にある島が「上地(かみじ)島」で、下にある島が「下地(しもじ)島」です。2つを合わせて新城島と呼ばれています。地元の人たちはこの新城島を「パナリ」と呼んでいるそうです。パナリとは沖縄の方言で、「離れ」の意味だそうです。干潮時には2つの島の間を徒歩で行き来することができるそうです。鹿児島県指宿市にある知林ヶ島みたいで神秘的ですね。新城島には住民がいるみたいですが、定期船がないため一般の人たちが許可なくして新城島に行くことはできないそうです。何だか謎めいた島です。
また、嘉弥真(かやま)島も定期船がない島です。この島は無人島になっています。スキューバーダイビングの人たちでにぎわうこともあるみたいですが、これも許可なくして行くことはできないみたいです。これらを総括すると八重山列島で一般の人が行くことができる島は8つになります。だから八重山列島なのでしょうか。(?_?)
話がかなりそれてしまいました。本題に戻りましょう。石垣島から船で、私たちは西表島に着きました。西表島は沖縄県で2番目に大きな島です。面積は約285km2で、周囲を約130kmで囲まれています。
あんえい号(大原港にて)
私は先ほども述べたように現地調査で西表島を訪れました。大原港からレンタカーを借りて現地調査へと向かいましたあ。ちなみに、西表島のレンタカー会社には「やまねこレンタカー」という会社があります。イリオモテヤマネコにちなんだ名前でいいなあと思いました。
西表島には主要道路が1本しかありません。県道で白浜南風見線と呼ばれています。白浜と南風見を結んでいるので、こう呼ばれています。ここでまた読みの問題です。「南風見」と書いて何と読むでしょうか。答えは「はえみ」です。これははっきり言って、本土の人たちには読めないと思います。
この南風見には悲しい事実があります。1945年(昭和20年)、第二次世界大戦の末期のことです。沖縄は戦火の中にありました。米軍が波照間(はてるま)島に上陸する恐れがあるという嘘の理由で、西表島の南方に位置している波照間島住民に西表島の南風見地区への疎開命令が出ました。本当の理由は、波照間島の牛や豚を日本軍の食糧にするためだったと言われています。島民たちは、南風見地区はマラリアが蔓延しているから心配だと反対したのですが、脅迫されて強制疎開させられるはめになりました。こうして西表島に行った島民たちですが、その心配どおりにマラリアに感染してしまいました。南風見では約70人が亡くなってしまいました。戦後には帰島することができたのですが、波照間島でもマラリアは蔓延し、小学生323名は全員罹患(りかん、病気にかかること)してしまいました。また、波照間島の人口1,590人のうち、1,587人がマラリアに感染してしまいました。罹患率は何と99.8%で、ほとんどの人たちが感染してしまったのです。そして、小学生66人を含む477名の尊い命が亡くなってしまったのです。
当時の波照間国民学校(現在の波照間小学校)の校長、識名信升(しきなしんしょう)氏は帰島するとき、教え子たちを犠牲にした無念さを忘れてはならないと思い、南風見田浜(はえみたはま)の一角の自然岩に「忘勿石 ハテルマ シキナ」の10文字を刻んだそうです。この忘勿石は「わすれないし」と読まれることがありますが、「コノ石ワスルナカレ」と生前の識名氏が言われたので、「わするなかれいし」が正しい呼び名だと言われています。
それから時は過ぎ、1992年8月15日の終戦記念日に、南風見田浜に忘勿石の碑が建立されました。今でもその碑は識名氏の胸像とともに、波照間島を見ています。また、波照間島にも西表島の南風見を望める高台に慰霊碑があるそうです。
こんな穏やかな島々で、戦争が原因で尊い命が失われてしまったのですね。二度とこのような惨事が起きないように願ってやみません。
また、話が逸脱してしまいました。元に戻しましょう。私たちは南風見には行かなかったので、この慰霊碑は見ませんでした。
レンタカーを借りて、大原港から白浜南風見線を北上して、私たちは現地調査へと向かいました。途中には「ヤマネコ注意」などの標識がありました。イリオモテヤマネコの生息地だけあって標識も特徴があるなあと思いました。ちなみに、この白浜南風見線ですが、将来的にはちゃんとした歩道が建設される予定です。その歩道にかかる橋梁の設計のために、私は上司と一緒に現地調査に来たのです。
現地では写真を撮り、いろいろと調べました。私は温泉に入りたかったので、さっさと写真を撮りました。現地調査を早々と終えて、私はちょっと観光をしましょうと上司に言って、西表島温泉がある場所へと車を走らせました。
西表島温泉は西表島の北東にあります。大原港から車で20分、船浦港からは車で15分ほど白浜南風見線を走ったところにあります。大原港から行くと左側に見えてきます。
西表島温泉入口 ネイチャーホテル・
パイヌマヤリゾート
西表島温泉は日本最南端の温泉です。それと同時に日本最西端の温泉でもあります。めったに来ることができない場所の温泉に入ることができる喜びで、私は感無量でした。
西表島温泉は観光施設の一部に温泉がある、といった感じでした。南国の島の雰囲気を思わせるようなジャングルに囲まれた場所にあります。隣りには宿泊施設として、ネイチャーホテル・パイヌマヤリゾートがあります。「パイヌマヤ」というのは、方言で「南と猫」を意味しているそうです。大自然と共生していくことを表しているそうです。このパイヌマヤリゾートには休憩室やレストランなどもあり、そこで私の上司はくつろいでいる間に、私は温泉の方へと向かいました。
西表島温泉には、屋内と屋外にそれぞれ浴場があります。屋外は水着着用で共浴になっています。露天風呂、ジャグジー、サウナ、そして、プールがあります。水着着用で入ることができるというのは、やはり亜熱帯地方の西表島らしいですね。冬でも水着で入浴できるということをアピールしていると思います。屋内には露天風呂と内風呂があります。こちらは男女別です。
受付にはアロハシャツの従業員がいました。何だか本当に南国に来たという実感が沸いてきました。それに引き換え、私はスーツ姿! どうみても合ってません。自分だけ北国にいるような感じでした。しかしそんなことはお構いなしに、1,200円を払い、脱衣所へと向かいました。
脱衣所で急いで服を脱いで、私は内風呂へと向かいました。内風呂の浴槽はちょっと狭かったです。5、6人が入ればいっぱいになってしまいそうな大きさでした。私のほかにもいろいろな人が入っていたため、混雑していました。内風呂のお湯は薄い茶色をしていました。浴槽の中に入ると、ちょっとぬるめでした。このあたりは、沖縄天然温泉のりっかりっか湯と同じなんだなあと思いました。りっかりっか温泉でも述べているのですが、沖縄の人たちは暖かい気候で暮らしているため、浴槽に全身をつかることはしないで、シャワーで済ませてしまうことが多いのです。お風呂に入ったとしても、ぬるいことが多いそうです。土地柄が現れていますね。
内風呂をすぐに出て、私は露天風呂へと向かいました。露天風呂もお湯は薄い茶色で、ぬるかったです。内風呂よりもさらにぬるい温度でした。でも、露天風呂は広くてくつろげそうな感じでした。もし、私にもっと時間があったならば、のんびりとくつろいでいたことでしょう。
水着着用の方にも行きたかったのですが、時間が迫っていたため、私はここで断念して、服を着替えて西表島温泉をあとにしました。そして、船の時間に間に合い、西表島をあとにしたのです。
日本最南端、かつ日本最西端の温泉に入ることができたという喜びをかみしめて、西表島をあとにしたのです。今度は仕事ではなく、観光で行きたいなあと思いました。