英雄とドール
(会談 SideL)


 
「わざわざ、お越し頂きありがとうございます」
公式行事が終わり、護衛等の余分な目と耳が退出したところで話が始まる
先ほど公式の会見を行ったのとは違う場所
彼等が通常使っているだろう落ち着いた色合い
過剰な装飾が排されたシンプルな部屋
だからこそ、中心に掲げられた一枚の絵が存在を主張している
ラグナは絵を目にし足を止める
目が奪われる
不自然なほどの時間が経過した後、ようやく答えを返す
「いや、こちらも話をしたいと思っていた」
そうだ話をしたいと思っていた
なぜ、接触を図ってきたのか
………その答えは半分出ているような気がするけれどな
進められたソファーへと、躊躇いながら腰を下ろす
先ほどの式典
先ほどの会談
その場に居た者でも、知らなければ気付かないだろ事
今、この時も………
遠い記憶
そして、エスタ独特の礼法
“セントラ”時代のやり方
密かに示されたそれらの符号はこちらに対する問いかけだ
「本来ならばこちらから伺わねば成らない所ですが、我等が出向くよりは、こちらにお招きした方が誤魔化せるかと、勝手ながら判断させて頂きました」
丁寧な言葉の言い回しは
「………知って、いや覚えているのか?」
ラグナの言葉に、
「それが我等の存在意義なれば………」
微笑みを浮かべ、カッシュグールは肯定する
国交を交えてはならない
それはエスタと関わりあうことを禁じる言葉
エスタが建国された当時、かつて“セントラ”が存在していたその時の取り決め
それはドールに適用したものではなく、セントラとエスタの結びつきを悟られないためもの
厳密に言えば、ドールには関係のない事だ
それを知っているということは、確かにセントラの人間だということだ
「存在意義、というのは?」
はるか昔の取り決めを知っているということ
エスタの存在理由を知っているということだ
それなら、彼等の存在意義とはなんだ?
カッシュグールは飾られた絵画へを視線を向ける
「伝えなければならないものがあるのです」
飾られた絵画の中に描かれているのは、セントラの都
遠い記憶の中で見た風景

「伝わっている事は、多いのか?」
ラグナの問いかけにカッシュグールは静かに首をふる
「いえ、伝えられた事はほんの少しばかり、長い歳月の中で、失われた言葉もある、いえ、きっとあるでしょう」
そうだろうな
エスタもまた、長い歴史の中で失われた事柄が存在している
各地に残る“遺跡”と呼ばれる施設の事も失われた事柄の一つだ
出された飲み物に口を付け、
「………何が伝えられてきた?」
ラグナはようやくその言葉を口にする
躊躇うように、確かめるように、幾度となく唇が動く
「セントラより別たれしエスタ、セントラの末裔たる我等」
「………そして?」
言葉にする事を躊躇うような代物じゃない
これは伝え聞いた言葉の中でも始めの方………ひょっとすると始めの言葉だろう
「エスタの存在理由とセントラが何故亡んだのか、そしてドールという国がなぜできたのか」
それは一般的な知識の範囲
まぁ、ドールの人間は、その一般的なことを忘れてしまってるみたいだけどな
「そして、来るべき時に渡すべきもの」
渡すもの?
視線を向けると真剣な眼差しが向けられている
「渡すものってのは………」
気軽に見せろ、なんて言えるようなものじゃないな
「全ての家が、渡すべきものを持つわけではありません」
………ああ、評議員だっていう彼等のことか
10人ばかりいた彼等の姿を思い浮かべる
確かにあの全てが渡すべきものを保管しているということは考えにくい
それほど数があるのなら、さほど重要なものじゃないという考え方もできる
「その時が来たということか?」
来るべき時に渡すもの
時が来たからこそ接触を図ってきた
そういうことだろ?
ラグナの言葉に、カッシュグールは目を閉じる
「その時がいつ訪れるのか、明確な時は示されておらず、ただ………」
カッシュグールの言葉にラグナは深く息を吐き出した
 

 
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