英雄と少年
(現場 SideS)


 
深い森の中
計った様にぽっかりと開いた空間
人が闘う場所としては絶好の空間
教えられたその場所に戦いの痕跡はほとんど残されていない
戦いが起きたのは数日前の事
誰かがこの場所を片づけたのだとしても
モンスターが流した血の跡
戦いで傷ついた大地や木々
それらが綺麗に消える事はあり得ない
地面には人が踏み荒らした跡が残っている
蹴り出した足にえぐり取られた地面
踏み荒らされた草
残されているのはゼル達が動き回った跡
ゼルが闘ったのはこの場所で間違いない
だが、実際に戦いは起きてはいない
「風神の言った通りだな」
ゼル達は闘ってはいない
闘ったと思わされただけ
ここには一方的に闘った跡が残されている
使われたのは幻影を見せる魔法
神経にも働きかけ、感覚も狂わされたのかもしれない
モンスターはまだ生きている
戦いを避け、幻影を使う位なら、敵対するつもりはないのかもしれない
元々あのモンスター達は戦う事を良しとはしていない
風神が周辺の人々に聞き込んだ幾つかの話
モンスターと共に居たという子供達の話
“友達”と一緒にモンスターと遊んだという話
子供が単独でモンスターと遭遇しても無事に戻ってきたという話は昔から伝わるうわさ話として残っている、らしい
その噂の元になっているモンスターと、今回のモンスターが同じものであるというのなら戦おうとしない理由も付く
だが、最後の一頭になるまで逃げる事無く立ち向かってきたという、幻
その意味は
自分達が存在しないと思わせたかったのか?
身を潜める
その事に対して意味は幾つかある
相手を油断させ、自分達が有利になる為
存在を消し去り、新しい生き方をする為
―――存在を忘れさせる為
モンスターの行動を考えれば、一番目は考えにくい
スコールは辺りへと視線を向ける
モンスターが現れて消えた
村へと現れたモンスター自体が幻だったとは考えにくい
ここで戦闘が起こるまでの間どこかで本物と幻が入れ替わった
………もしくはこの場所で
広く開けた場所
背後に在る石
視界を遮るのに好都合な位置
ここに何か在るのか?
モンスター達が根こそぎ居なくなるような―――
報告されたモンスターの巣穴
置き去りにされた壊れた道具、その一部
感じたのは違和感
この場所でモンスター達が消え去ったとするならば、考えられるのは巣穴への入り口
スコールは広場の中を丹念に歩き回った

「あったな」
石との間に隠される様に開いた穴
石の端に着いた何かの毛
モンスターがどんな姿をしているのかの報告は受けている
獣形のモンスター
身体を覆う体毛の色は褐色
色は合っている
スコールは入り口を覗き込む
入れなくは無いな
一人でモンスターの元へと乗り込むのは危険
侵入者に対してモンスターが手を出さない保証は無い
顔を上げ背後を振り返る
木に隠れる様にして立つ人影が見える
「後は頼む」
口の中で言葉を転がす様にして告げるとスコールは穴の中へと潜り込んだ
 

 
 
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