霊厳夜話
 
 

第43話 乗輿((注釈))禁制の事
  1、問 乗輿(みこし)は、以前も今のように、吟味が強かったであろうか。
  1、答 筆者が若年の頃は、乗輿(みこし)の禁制は特に厳しかったように覚えている。
         子細を申すと、以前は直参((注釈))の衆は、格別大名方の家来達が五十人余りになり、
         乗輿(みこし)の事をお願いする時、大家・小家共その家で、家老職((注釈))を言渡して置くと
         いう事を、主人方から御断り申し上げれば、乗物を許された。
         その他には、例へ、高知行を取り重い役目を、勤める者であっても、竹輿((注釈))
         なくては許されないので、何れも、竹輿を渋塗りにして乗った。
         町人・職人も五十人以上になり、又は僧侶の姿をする人は、願い出れば竹輿を
         許された。今時の、御免駕籠((注釈))という物は無い。
         その時、四座の猿楽((注釈))達は、お願い申上げ、老若に限らず竹輿を許されたけれど、
         同一に黒く塗って乗るのは、他の竹輿と紛れない様にとの事であった。
         竹輿の事で、代々公儀からの御用を勤めた者に、橋本甚三郎と申した町人が、
         お願い申上げ、僧侶の姿をした橋本深入と改名した頃で、ご礼日の事であった。
         渋塗りの竹輿に乗り、下乗迄来たら、徒目付((注釈))に問い責められて
         「その方は何者なのか。竹輿で是れに来た訳は。」と尋ねたので
         「私は、御用を受け次いだ、橋本深入と申す者です。」
         と申せば、徒目付衆が聞かれて
         「例へ御用達であっても、下乗迄竹輿に乗り、大法を背くのであれば、通す
         事は出来ない。吟味をしなくてはならない。」
         との事で、深入は大いに迷惑してお掘端にしゃがんでいたら、朽木(くっき)民部少輔殿
         が登城して、深入を見掛け、徒目付衆へ
         「あの者は、何故、ここに居るのか。」と尋ねたら
         「すべて、町人の様な者は、何れも、門外で下乗する筈である。
         この辺り迄、竹輿に乗って来たので、差し控える様に申し付けた。」
         と申せば、お聞きになって
         「あの者は、最近お願いして僧体の身になり、竹輿に乗ればどこ迄も乗れる
         と心得、ここ迄乗り付けたと見え、近頃、不調法な事である。
         ではあるが、自分が狂歌((注釈))を詠むので、この歌に免じて、今日の事は許して
         もらえないか。」と民部殿が申したので
         「何であろうか。」申せば、民部殿は取り()えず
         「橋本て をるへきものか 乗ものて 深入りをして とかめられけり」と詠んだ。
  (注釈)
     乗輿(みこし)     屋形の内に人を乗せ、その下にある二本の長柄で、肩にかき上げ、
                又は、手で腰の辺りに支えて運ぶ乗物、身分によって異なる。
    直参(じきさん)     旗本。御家人の総称。
     家老職     大名重臣で家中の武士。
     竹輿(たけこし)     竹で編んだ輿。
     御免(ごめん)駕籠(かご)   江戸時代奉行の許しにより、医師・町人などが乗った自家用の駕籠。
     徒目付(かちめつけ)    目付の指揮を受け、警護・探偵などに従事
     下乗(げじょう)     社寺など境内へ、乗り入れる事を禁じる。又は、乗物から降りる事。
     大法     厳重な定め。重大な法規。
    狂歌      風刺などを詠んだ短歌。

第7巻43話