霊厳夜話
 
 

第1話 江戸城(はじま)りの事

1、問 江戸城は、いつ頃で如何様な方の縄張りで築いたのであろうか

1、答 筆者が若年の頃、去る老人が物語ったのを聞いたのは、以前、相州鎌倉の管領
    
としての本名は上杉であるが一方は山内殿と言い、一方は扇谷と名乗っていた。
        扇谷殿の家老に、太田備中守資清(すけきよ)と言った者の子に、左衛門太夫(すけなが)
      言う者
がおり、仏門に入り道灌斉((注釈))と名乗り、文武両道に通じていた
        中でも、城構え・縄張りの技能に(すぐ)れていて武州川越の城地を見立て道灌斉は
     先ず、吉祥寺の台地を取立てると言って縄張りなどを致し初めたら、ある夜、
     霊夢のお告げが有った。

「今のお城にする所へ行き、葉付きの竹を切ってニ・三本を城形に差し回し、

その在所の者達を呼び出して、竹の標示から、中の村々の名前は何と申すのか。」

と尋ねたら、百姓達が言うのには「千代田・宝田・祝言村と言う三ヶ村である。」

と答えれば、道灌(どうかん)斉が聞かれて「国の名は武蔵郡の名は豊島(てしま)とし
取立てた
いと思う。三ヶ村の名は目出度い名である。
この地に城を築いたならば、末々繁昌疑いない。」との事で立てることにした。

   家康((注釈))公の関東御入国前は、千代田の城と言っていた

(注釈)

 筆者  大道寺友山 祖は後北条氏に任う。甲州流軍学者。 1639〜1730年。

 道灌(どうかん)斉 太田道灌  室町中期の武将。         1432〜1486

 家康公 徳川家康  徳川初代将軍。權現様大御所 1542〜1616

第1巻1話