霊厳夜話
 
 

第25話 土井大炊頭殿と伊丹順斉出合の事
   1問 權現様の事は、多少物惜しみされる御方であるとも、又は、そうで無いとも
         言われているが、如何聞かれているか。
   1答 權現様のお噂を、筆者の様な者の口から申上げるのは、恐縮ではあるけれど、
         人々の惑いを散らすためとの思いで、愚見の趣を申上げる。
         世間の人の重宝(ちょうほう)と言うのは、金・銀・米・銭の四つに限る。
         是を、用いるのには、善悪二段の、区別が有る。
         一つは、金・銀・米・銭が、重宝(ちょうほう)である事を、良く心得て、少しでも無用・
         無益な事でも、すぐれた価値が有り、不用のものと計って常に蓄える。
         ここは財宝を、用い無くてはならない時に、望んで毛頭程も、惜しむ心を
         無くし是を取り出し、その用事を足すと言う事は、倹約すると言う事にも
         なる。
         二つは、金・銀・米・銭が、重宝(ちょうほう)である事を、知り過ぎると、有るがまゝに
         貯えて握ぎる。
         手放す事を嫌い、ここは財宝を用い無くてはならないので、取り出しても、
         その用事を、調える事が出来ない様な心境を指して、文字に惜しみ惜しむと
         言う吝嗇(りんしょく)と言って人間上下貴を限らず良くない事をする。
         三つは、金・銀・米・銭を、散財する事を、湯水を使うと言うが、同じ様に
         心得て、無益な事に惜しみ無く使い果たすのを「さても狂人の物切らしかな」
         と言う。
       気の(ふさ)いでいる者が、()(はや)しているのを、良い事と心得れば、有り次第
       (わき)まもなく取り出して、()()らす様なのを「締りが無い」とも「とんでも
         無い」とも名付け、「吝嗇(りんしょく)人には劣った方」とも言った。
         子細を言うと、吝嗇(りんしょく)と言うのは、悪い事とは言いながら、自分の手に自分の
         物を持ち蓄えているならば、物入りの時に望み、了簡(りょうけん)さえ良くすれば、取り
         出して、用足しをする。
         用足しが、出来る物については、有りったけの物を、残りなく、取り出して、
         外へ()き失って、蓄え無しの勝手向きとなり、果てれば、先へも後へも行けず
         けじめがつかないので、貴上下の武士が、(わきま)えるのは道理である。
         倹約と吝嗇(りんしょく)とは、形が良く似ているので、吝嗇(りんしょく)人と見違って言う様な事が
         有るが、悪用する時に望んで、財を用いるのと不用との区別によって、勘弁
         するように、ついては、明白に知る事である。
         權現様の事を考えると、能く倹約を、用いられたと言うのは、相違無い。
         その子細を言うと、台徳院様の代の事、勘定方で公儀の勝手方の事で、多く
         の利徳が有ったのを、何れも集って勘弁の上、その趣を、委細書付けに認め、
         式日の朝になって、伊丹順斉が、土井大炊頭殿へ、持参した。
         是は、対面の上、例の書付けを差し出せば、この書付けを聞いて見たけれど
         「大体如何様な趣であろうか。」と大炊頭殿が言われたので、順斉が言うには
         「今迄は、旗本衆は、大身小身に限らず、藏米((注釈))をもって、物成((注釈))などを下され、
         その他、大扶持((注釈))方拝領の方々共に、その通りの指図であった。
         諸国の代官所から、御当地取りの回米((注釈))が多く有ったので、運送の費用も掛り、
         その上、藏の中に積んでいる間に、欠米・(ねずみ)()いも、大方の出費となった。
         今後の事は、藏米三・四百俵取りは、今迄通りにして、五百俵以上を下され
         る方々は、知行所へ使わす家来にも、事を欠くのであれば、何れも地方の知行
         に改められた。
         大扶持を下された衆中も、俵数の(だか)で、知行を改め、地方で下される様に
         すれば、多くの利益があると、勘定方で何れも考えている。
         その上、藏米が多く有ったので、三・四年も越米となっているその米は、
         ほとんど虫喰いとなり、その様な俵に当った下々の者達は、殊の外、迷惑
         した。
         『回米の(だか)を減少仰付け、江戸の藏の棟を数えたら、その利益は、品々が有っ
         たので、事の次第を書付けて、御城で、同役方が揃った席で差上げる。』
         と同役達が申合せたが、御内意を伺うため参上した。
         その時、大炊頭殿が申すには
         『その事については、最早(もはや)この書付けを見る迄も無い
         そなたが申したい趣は、權現様が御繁盛なされた時、先達って指図された。
         その時の上意は、江戸を居城とするについて、東西南北の諸大名を初め、
         天下の万民が、当所に集まる事である。
         常に、二十日なり、三十日であっても、入舟が途絶える時は、諸物の値段が
         上がるので、諸人(もろびと)が迷惑する。
         もし何事か起って、回船の運送が不自由になった時、江戸中の者達に誰でも
         運んで来る様に。』と申した。
         自分の手前に、大量の損米が有ったのは、()ねて知ってはいたが、藏米を
         贅沢に蓄えて置くのは、天下を知る者の、役目と思っての事である。
         差当って損益ばかりに、目を付け、大変な処へ、心付けが無いと言うのは、
         下勘定風情(ふぜん)の者などの了見は、その様なものである。
         最早(もはや)、勘定頭といってる者迄が、一同にこの様な事を、我等に迄、言い聞か
         せると言うのは、才知能力が乏しく、とんでも無い事である。」
         と言う上意で、以っての外ご機嫌悪く、その時、老中方へ仰しやるには、
         「すべて大名の道中をするのに、雨具を持った仲間と、楽しそうな仕置きを
         しないものである。」と上意なされた。
         その後、何れも集って、先日、雨具持ちは、如何様な思いをもっての上意で、
         回米の徳用の事を一々書き立ての箇条の中に、下々の奉公人達が、虫喰米に
         当っては、何れも迷惑すると言う事を、専一の様に書き載せた。
         それを御覧になっての上意でもあろうか? と推量した。
         右の通りを大炊頭殿がお話の上、例の書付けを、お返しになれば、順斉是を
         受取って言われるには、
         「只今仰しやたのは、夫には心付けも無く、不調法な事を申上げるについて
         結構な物語を聞き、今後共、私達の大きな心得となる。」
         と言われて、退出された。
         右の趣は、(じか)大炊頭殿が物語ったのであろうか、大野知石の雑談を確かに
         聞いたので、この一事をして、權現様は、御倹約の一筋を用いられ、御吝嗇(りんしょく)
         と言う訳では、無いとの事を承知した。
  (注釈)
     藏米  江戸幕府所属の、浅草米倉に、貯蔵した知行米。
     物成(ものなり)  収穫物
     扶持  助け支えること。
     回米  諸国の米が江戸・大坂へ回した。

第4巻25話