
第28話 八王子千本鎗の衆の事
1、問 八王子千本鎗の頭衆組達を置いたのは、何時頃からの事と聞いているか。
1、答 筆者が聞いているのは、三河以来の、長柄衆と言う人々は、関東御入国の時、
すべて小人衆の仲間へ加へられ、陣へ上洛という時は、長柄の掛りの仲間衆は
武州の内の八王子で、新たに召抱へるようにと仰出られた。
その時は、日光火の御番という事も無く、何時でも暇であったので、野畑を
開拓する作業を、専らしていたので、公儀から下された手当は、少ないけれど
生計なので、我もゝと奉公願いをした。
中でも、八王子滝山寺の先の城主、北条陸奥守氏輝方に、代々奉公した者や、
その時、甲州からも多く来た小人であるので、その頭も大方は、信玄衆から
仰付かったと思われる。
その時は、長柄の数も五百本であったが、関ヶ原の陣の頃から鑓も多く仰付け、
台徳院様が、木曽路通りを関ヶ原表へ、御出馬の時の御供を、勤めたので、
權現様の代は言う迄もなし、大猷院様の代の後も、千本鎗の事は、老中方の
支配で有った。
出陣の時、長柄の配った所々の使用したわけは共に、諸家の長柄・鑓の使用
とは変った様子も有ったけれど、公儀の事であれば、筆者は、はっきり知る
事も無い。
(注釈)
八王子千本鎗の衆 八王子千人同心とも云う。武田信玄の末娘松姫に起因する。
信玄の死後、松姫は家康からの追手を避けて都留郡天目山の
奥深くへ逃げた。
間もなく、栗原・海洞寺に隠れた後、故国をすてて武州安下山
へ潜伏した。
お都摩(後の下山殿)が松姫の身代りに出て、家康の側室に
なったのを機に松姫は八王子の横山に移った。
松姫が健在である事を知った信玄衆は続々集って守護するように
なった。
松姫は八王子信松院に眠っている。