霊厳夜話
 
 

第26話 御使役の事
    1、問 以前は、旗本で御使番・御使役衆として、二段で有った事を言い伝わって
           いるのは、確かにその通りに聞かれているか。
      1答 その事を筆者が承っているのは、台徳院様の代に、大坂冬陣の時から初った
           事である。
           子細は、その頃迄の、御使番衆と言うのは、譜代の旗本衆の中で数度の陣先
           で走り回って、奉公をした人々を選んだ上で仰付け、小栗又市殿は物頭衆で
           有ったが、武功の人なので、お使番役も兼ねて勤めるように仰付かった。
           以前は、老年の衆中ばかりのようで有り、その上、仲間選びをしたので同役
           が少なくなっても、人数を増やしたくても出来なかった。
           従って、その方達の仲間が、少なくなり、当時寒い時は、老人は特に大儀と
           思ったので、諸番中から選んで、仲間入りを仰付けたけれど、お使番という
           のでは無く御使役に仰渡し、伍の字の指物((注釈))は免除され、布衣指物((注釈))に仰付けた。
           「何れもそのように心得、諸事心する様に」と仰しやった。
           大猷院様の代の、初めの頃迄も、右の古い御使番衆が、残っていたけれど、
           その様な衆中も、次々と死んだり引込んだりしているので、今後は、何れも
           御使番と呼び、伍の字の指物は、一同に免除されると仰しやった。
           しかし、御使番・御使役と、二段で有ったというのは、それほど長い間の事
           では無かった。
  (注釈)
     伍の字の指物   戦場での印旗。  具足の背の受筒に差した。
     布衣(ほい)指物     布制の印旗。

      1問 伍の字の指物は、御使番衆だけに限った事のように心得ているが、道奉行衆
         四人の事である。
           指物は、伍の字同筆であると言うのは、子細が有るのだろうか。
    1、答 筆者が聞いているのは、道奉行という役は、小田原の陣の時迄は、御家に無
           かったが、1600年(慶長5年)の関ヶ原の陣の前、陣立ての道橋の見張
           り役人が無くてはというので、評議で御使番衆の中から、庄田小左衛門殿を
           道奉行役に仰付かったが、小左衛門殿が申されるには、
           「御奉公の道は、何事を勤めるも同然であれば、かたじけない。しかし人に
           は、(やま)(わず)いという事もあるので、一人役と言うのは、迷惑するし、同役を
           仰付けたい」との事で有るが、陣立てに差当って入用の、御使番衆を仰付け
           る事も出来ないので、大御番衆の中から、武功の人を選んで、小左衛門殿に
           役を仰付けたので、右の人も、伍の字の指物で勤めたので、陣は済んだ。
           以後、庄田殿は、元の役の御使番に、戻るように仰付かったが、道奉行という
           のは、長く無くてはならないと言うので、火の御番衆の中から仰付け、この人
           も先役に準じ、伍の字の指物で、大坂両度の陣をも勤めてから、道奉行衆も
           伍の字の指物になった。
  (注釈)
     御家   主君・主人の家。


第4巻26話
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