
第20話 秋になって収納の事
1、問 毎年秋になって、村里の収穫物を収納し、權現様に納めるという事を、俗に
「申習」と言っているのを聞いてはいないか。
1、答 その様な事について、筆者が聞いた事は無い。
しかし、そなたからの尋ねられた事について、少しは知っている。
大猷院様の代で、何れかの頃に、参上されたのか、老中方は何れも、御前へ
出て、御用が済んだ後、土井大炊頭殿へ、上意有った。
「その方の領分に、桃の木が多く植っているのは、その通りか。」
とお尋ねの時、大炊頭殿が申上げるには、
「確かに上意の通りで、古河の領地を拝領した時は、領地の百姓達が殊の外
薪に事欠き、何れも難儀していたので、当地の町方へ言い付け、当地の子供
の仕業にさせて、相応の代物をやり、桃の実を、拾い集めて持って来たので
俵に入れた。
古河を越えて野畑はいう迄もなく、百姓達の屋敷回りにも、植えて置く様に
と言った処、三・四年ばかりの間にほとんど成長し、今は殊の外、用に立っ
ている様に聞いているが、私儀はその後、見た事は無い。」と言上すれば
「その方が、四・五十日位い滞在して、交代で知行へ行き、領地の様子を
見る様にしなければならない。」と上意が有った。
その後、大炊頭殿は、三十日位いのお暇で古河へ帰城し、滞在の間、領地を
見た後、家老達を呼んで申されるには、
「權現様の代に、毎年秋になって、諸代官衆が支配所へ、お暇下された時は、
何れも、御前へ召され、直かに上意をされた時、前もって仰しやる通り、村里
の百姓達を、死ぬ事の無い様に、納得して収納をさせる様に。」と言う上意を
毎年、仰出られた。
前の年、我等が、当地を拝領の時、その方達も知っての通り、領地を残らず
見回ったが、村里の百姓達の家居に、家らしい家は、一軒も無かった。
今度の不慮にお暇を下さったので、領内の周辺を見回ったが、何れの村々に
も、いつの間にか、家作の百姓達が多く見られたのは、不審な事である。
ともすると、百姓達に行き過ぎが、有ったのではなかったのか。
郡奉行・代官達に時々言付けて、収納に念を入れさすように言ったと、親
仁兵衛が物語をしたといって、大野知石が雑談したのを、筆者が聞いた。
この様な事を伺うと、權現様流の、収納の仕方であると推量した。
七十年余り前は、諸国が、秋になって、その村の、名主である者の家では、
水籠木馬という物を用意して、百姓達の中で私有して、収納しない者達を、
例の水籠に入れ木馬に乗せて、責め立て収納させた。
近年は、勤め番の百姓までも正道になり、律儀に収納したので、例の水籠
木馬の件も無くなった。