霊厳夜話
 
 

第57話 以前江戸諸賣買物の事
  1、問 江戸の町方で諸賣買物は、以前も今もこれといって違った事は無いであろうか。
  1、答 筆者が若年の時も、今もこれといって変っている事は無い。
      しかし、七十年程前は、江戸の町中で足袋屋(たびや)香具屋((注釈))伽羅油((注釈))元結((注釈))店など
      というのは、一軒も見当たらなかった。
      子細は、酉年の大火事以前は、大名方を初め、末端の男女共すべて、皮足袋
         より他は、用いなかった様であった。
         しかし、酉年の大火事以後は、諸人共に皮羽織・皮頭巾の支度を専一とした
         ので、鹿の皮の入用が多くなり、皮足袋の値段が高値になったので、末端の
         者達は男女共に、(おの)ずから、木綿足袋を用いる様になった。
         皮足袋は切皮屋で調へたので、特に看板を出す必要が無かったが、木綿足袋
         を用いてからは、足袋屋(たびや)と言うのが初まった。
         伽羅の油は、七・八十年前迄は、前髪立ちの、元服していない年の若い小姓は
         格別とし、その他、上下共に年の若い男が、((注釈))に油を塗り付けるというのは
         厳しくなかった。
      その時分は、(もみ)上げの(ほお)(びん)というのは、その時の流行に敏感な侍もいたけれど
      多くは、歩行・若党・小者仲間であった。
      その(やから)は、ロウソクの流れを、油で解いて(ゆる)め、松脂(まつやに)に加えて、伽羅の油と
         名付けて用いた様であった。
         本物の伽羅の油が入用であれば、薬種屋へ買いに行って、調へた様なので
         今の様な、伽羅の油屋は見掛けなかった。
         今でも流行している文七((注釈))元結(もとゆい)というのも、以前は無かったので、入用ならば、
         上下共に、各自で製作して、用いたものである。
         少し話が違うが、筆者が若年の頃迄は、江戸の町方で、犬はめったに見当た
         らなかった。
         たまに見掛けるならば、武家・町方共に、下々の食べ物は、犬に勝る物は
         無かった様なので、冬に向かう頃になれば、見掛け次第、打ち殺して賞味
         したという事件((注釈))が有った。
  (注釈)
     香具屋(こうぐや)       香道に用いる香具を作り、また売る人。
    伽羅油(きゃらゆ)      (びん)つけ油の一種。

    元結(もとゆい)       ((注釈))を結ぶ細い緒。
    (もとどり)       (かみ)を頭の頂に束ねた所。
    (びん)        頭の左右側面の髪。
    文七(ぶんしち)       杉原紙の銘柄の一つ。
    事件         徳川五代将軍綱吉の代に、生類(しょうるい)(あわ)れみの令で、犬公方と
             あだ名された事件があった。

第10巻57話