
第10話 小僧三ヶ条の事
1、問 權現様の代に、小僧三ヶ条という事を、諸役人方へ御雑談になり、御聞か
せなされたと言う事を、世間で噂になったのは、そなたは如何様に聞かれ
ているか。
1、答 小僧三ヶ条という事を、世間では色々言い伝へられているので、筆者が聞
いている事は、或る時、權現様の御前へ御用があり、諸役人中が呼び出さ
れて言われた。
「何者かは、小僧三ヶ条という事を、聞いた事が有るか。」と御尋ねになり、
「何れも、その様な事は、聞いた事はありません。」と申上げれば、
「それならば、聞かせてあげよう。」
との上意で御雑談されたのは、去る、田舎の寺へ、在所の旦那百姓が来て、
自分の子供を多く持ったので、一人はお寺の弟子にして、出家させたいと
の願いで、頭を剃り、受戒をさせて置いたら、或る時、例の小僧が親元へ
逃げ帰ったので、師の坊主から呼びにやったが、帰らないといった。
の後、両親が来て、言うには、
「自分の息子は、最早、寺には帰らない。そなた様は、出家されたと覚え、
まだ年も行かない小僧達に、無理な事を計り、言い掛けた。」
と、不足立てを言った。師の坊主が言うには
「両親の願いに任かせ、自分の弟子に尋ねたけれど、是非、取戻したいのならば、
そなた達の心次第である。しかし、それは如何様な子細だろうか。」
と尋ねたら、両親が聞いて言うには
「小僧は、寺から帰って、手前共へ言った事は、三ヶ条が有り、
第一に、朝夕、味噌のすり方が、悪いと言って叱られた。
第二は、お坊様のお手振りの擦り方が、悪いと言っては、叱られた。
次には、用事をするといっては、便所に行っては、叱られた。
これらは、すべて、お坊様の無理という事である。
年も行かない小僧の脇で、味噌をすれと、言うのは、良くはすれ無い。
まして、お坊様のお手振りを小僧に教えた事、是れも良く無い筈である。
更に、用事をたしに、便所に行きたかったのに、叶わなかった。
何処かに、行ったのではないかと思われ、居たのに罵られた。」
住職が言うには
「小僧の言う事を、誠と思い、親の身で、その様に言ったのは、道理である
が、一向にその様な事で無かった。
味噌というのは、すり木でするのであるが、小僧は杓子の甲ですったので、
寺中に有りったけの杓子を、残らずすり破り、その上、来客の時のために、
心掛けて置いた杓子の甲迄が、この様にすり壊した。」
と答え、すべて取出して見せた。
「便所は、柱の手前にあり、常の便所には行かなかった。
近頃、代官衆が来られた時、当寺を宿とした時のためにと、村中の世話で
客殿の脇に、作っておいた便所にだけ、行ったので無用とした。
自分の頭を、小僧に剃らせたのは、其方達は知らない事でも有った。
小僧は、剃刀をよく使って覚え、自分の頭を自分で剃った。
人が頼めば、何者の頭でも剃ってやったので、我等の頭をも、剃らせれば
ついでに、あちこち切って、この様に、頭の内を傷だらけにした。」
と言って、頭巾を取って見せ、両親は殊の外迷惑した。
「この役に掛わった者は、この様な重大で無い事を、聞いて置いて心得する
事は良い事である。」との上意で有った。
(注釈)
旦那 家人、召使いが主人を呼ぶ語。