霊厳夜話
 
 

第11話 御入国の時、町方盗賊の事
  1、問 御入国の時は、町方の、盗賊達が入り込んで、(こと)(ほか)難儀した処、お仕置で
        例の盗賊を、追い払ったというのは、事実であったろうか。
  1、答 その事を筆者が若年の頃聞いているのは、そなたが言う通り、盗賊達が諸方か
        ら集まり、思ってもみない物騒であったのを、權現様が聞かれ
        「何んとしても盗賊の張本人を、召し捕える様に。」と奉行中(ぶぎょうじゅう)に、仰付けた。
        その頃、関東に名を得たスリの大将鳶沢(とびざわ)と言う者を、(とら)えて(しば)り、牢舎(ろうや)へ入れ
        たと申上げれば
        「その盗賊を召出し、お仕置になる処、一命をお(たす)けし、その働きで他の盗賊を、
      江戸へ入り込まれない様に、申付ける事。」との仰出があった。

        奉行中からその旨を申渡せば、鳶沢が聞き
        「命をお助け下さる事は、有難度いけれど、他から入り込む多くの盗賊達を、
        私一人の(ちから)で防ぐというのは、出来ないので、どこかに屋敷地を下されるの
        なら、私の手下の者達を集め、その者達の、盗みを止める吟味をしたい。
        手下の者の、盗みを止めさせて、渡世の手段が無い間、武家(ぶけ)町屋(まちや)に限らず、他
        の者達の古物を買うのを、止める様に仰付け、私儀を古物買いの元締役に仰付
        け下さる様に。」と言えば、願い通りになり、遊女町の近くで一ヶ所四方の茨原(いばら)
        を屋敷に下された。
        (それ)から開拓し、鳶沢町と名付け、町屋を築き、手下の盗人(ぬすっと)達を、古着買いに
        さして方々へ出し、その者達へ、言い付け吟味をしたので、間もなく盗人達
        が、江戸へ入り込む事を、出来なくした。
        それで、筆者が若年の頃迄の、古着買いというのは、決って二人連れで立ち、
        布で作った長い袋を(かつ)ぎ、一方は「古着!」と呼べば、一方は「買う!」と
        言って、町屋の軒下(のきした)を左右へ、別れて歩いた。
        その担いだ袋の口を、二つに()き、その端を(あさ)(なわ)で巻いて、その下に鳶沢の
        印形をした。
        もし、盗人で無くても、古着買いをしたいと思えば、鳶沢の手下に願い、例の袋を
      受取るといった様であった。

        次第に、時代が静かになったので、盗賊の行為も無く、古着買いも止め、(とび)
        町も、今は(とみ)沢町に文字を変え、葭原(よしはら)町も、何れの頃からか吉原(よしはら)町と、文字が
        改まった。

第2巻11話