
第16話 吹上御門石垣の事
1、問 秀忠公様の代に、西の吹上御門外の土手を、残らず石垣に仰付けたとの事で
伊豆浦から石など相当往復し、御堀端迄運んだ処、石垣の普請が急に止めに
なったとの事を、如何様に聞いているか。
1、答 筆者が聞き伝えているのは、その頃、駿河から大御所様が下向され、今の
掃部頭殿の、屋敷前の御堀端に、石が多く集まっているのを、ご覧になり、
お駕を下させ、松平右衛門太夫殿を呼び
「あの石は、何用でこの辺りへ集めているのか。」と尋ねられた。
右衛門太夫殿は
「聞いた処、ここの御堀端の両方を石垣にするので、その御用石であります。」
と申上げれば、この様な普請が有る事を、ご存知無く
「是から駿河へ帰る。」とお供中へ、その事を申した。
右衛門太夫殿が聞かれ
「仮に、ご逗留をされなくても、今日は、西の丸へ入られる様に。」
と申上げれば、お聞き入れも無く、品川の御殿迄、帰られるとの上意で、
お茶を召上がられるとの仰出を幸いに、右衛門太夫殿からそのままを急い
で、ご注進申上げた。
大御所様は、慶長五年以後、三・四年の間、駿府から江戸へ、下向の時は、
外桜田門通りを西の丸大手へ入られたので、老中方は、外桜田門へお迎え
として出られた。
ご隠居された後は、吹上御門へ回られて入られたので、老中方も半蔵門へ
残らず出たが、その指図が無かったので、本多佐渡守殿が、早馬で行き、
お駕近くに参上すれば、お言葉を掛けられ「是え」との御意で、お側近く
伺えば「是から直ぐに帰る。」との事で驚いた。
「どの様な思召しで、その様な事を、言われますのか。」と言上すれば、
「この辺りでこの様な普請が有るとは思わないので、我等が西の丸に逗留中
普請の邪魔になるので、是から直ぐに帰る。」という上意であった。
佐渡守殿は謹しんで
「公方様も、先程、品川から帰られ西の丸へ入りお待ち受けておられるが、
帰られるとなると、私儀は、如何様なお咎めが有るのか計り知れない。
偏に、私をお助け下さると思い、西の丸へ入り下されば、有難度い事であり
ます。」と言上した。
大御所様は
「その方、異な事を申すな、例え、身共が是から帰ったとしても、その方が
迷惑する子細は。」との上意に、佐渡守殿が再び言上した。
「私儀、今度、普請の御用を仰付けられたので、達って、お勤め申上げたら、
それならばその方、奉行になり、役立つ様にと仰付けられたので、普請の事に
ついて、是から帰えられては、お咎めが有るので、私儀をお救い下さると思っ
て、西の丸へ入られる様に。」とお願いした。
右衛門太夫殿は、種々、取り成して申上げれば、大御所様はお笑いになり、
「この辺を石垣にする事については、まさか、将軍の物好きで有るか無いか、
或いは、その方が物好きなのかは、言語道断で、好まれない事である。
その子細は、、将軍が、当城に居られるというのは、東えびすの払いのためで
あれば、是から奥の方へ向けて、要害というのは必要である。
京都の方は、味方の地なので、その方へ向けて要害というのは、無益な事で
あり、我等が是から帰れば、その方に迷惑が掛かるというので立ち寄った。」
との上意で、西の丸へ入られた。
その日の夕方になって、佐渡守殿が、御前に出られ、
「昼に申上げた通り、この西の丸の石垣の事は、考えて見ても、私の過ちで
恐縮です。
石垣だけで無く、当城は馬出しというのも見られないので、何れかに一ヶ所
仰付ける様に。」と達ってお推め申上げた。
「その様に仰付ける。」との上意で
「その指図が出来次第、追って聞き入れます。」との事を申上げた。
「私の再三の過ちで恐縮です。」と言上すれば、御機嫌悪くも無く仰しやるには
「その方、当城に、馬出しが有る事を知らないのか。」
との上意で、佐渡守殿が暫らく思案され
「当城の何れかに、馬出しというのは、思い当たりません。」
と申せば、お笑いになった。
「当城に馬出しと言うのは、大坂の城の事である。差当って必要も無いので
豊臣秀頼に預けて置いた。
すべて将軍の居城も堅固の縄張り・横矢の習いという事は、特に必要でない。」
と、大御所様が、佐渡守殿へ仰しやったと言う事を、聞いたのである。
(注釈)
要害 とりで。 城壁。
東えびす 京都の人が東国の人に、無骨さをあざかっていう言葉。
無骨 風流なことを知らない者。
馬出し 人馬の出入を、知られぬようにする土手。
豊臣秀頼 安土桃山時代の武将。秀吉の子。 1593〜1615年。
横矢の習い 陣列の側面から射る矢。