霊厳夜話
 
 

第14話 日本橋の穢多村(えたむら)の事
   1、問 御入国の時、今の日本橋の辺りは穢多村(えたむら)といって、団左衛門の屋敷が有ったと
      言うのは、その通りであろうか。
   1、答 筆者が聞いているのは、今の日本橋尼店(あまたな)という辺りは、(いばら)の中に土地が高い
         所に有り、団左衛門という穢多頭(えたがしら)の屋敷が有った。
         二抱(ふたかかえ)三抱(みかかえ)程にも見える様な大木が多数茂り(ひと)(かまえ)になっていた穢多村(えたむら)
         御入国以後、今の元鳥越といった辺りへ、引移る様に言われたが、
         「その様な遠方へ行けば、商売が出来る所では無い。」と(なげ)いていたので
         「その方達は、何を商売するというのか。」と、奉行が尋ねたので
         燈心((注釈))でも売ろうかと思っています。」と言うと
         「それならば、今度(このたび)元鳥越から灯心を持ち出して、以前の場所で商いを
         する様に。」と言われた。
         今も穢多(えた)と共に、灯心を商売しているが、町人は無用であると言わなかった。
         今の本町四丁目は、その時お仕置場であったので、神田明神天壬(てんじん)神輿(みこし)など
         あの地を、()み嫌って通らなかった。
         しかし、かなり前の事なので、実・不実については、確かな事は分からない。
  (注釈)
     (とう)(しん)   灯心。 油皿の芯。 (とう)(しん)()(ぐさ)から外皮を剥ぎ取ったもの
         団左衛門は、お仕置き役の代償として穢多(えた)共に、百姓より
         買い上げて、加工から販売までを独占し、十三代迄続く。
     仕置場   刑を行う所。
   ()み嫌う  嫌がって避ける。

     団左衛門  別名を矢野内記。 明治まで続く。
              下は13代目の団左衛門直樹と経営した靴製造所。

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