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男はつらいよ・寅次郎あじさいの恋

シリーズ29作(1982年)

●監督
山田洋次

●キャスト
渥美清
倍賞千恵子
いしだあゆみ

片岡仁左衛門

■ ストーリー ■


 旅先の京都で、下駄の鼻緒が切れてしまった老人に親切にした寅さんは、その老人に気に入られて一晩泊めてもらうことになるが、実は、その老人は、日本を代表する有名な陶芸家の加納先生だった。寅さんは、加納先生の家で女中として働いているかがりという女性に好意を持つようになるが、恋人に裏切られたかがりは、故郷の帰ってしまう。かがりを心配する加納先生に頼まれ、寅さんは、かがりを訪ねて丹後へ行くのだが・・・。

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■ レビュー ■

 

 1969年日本映画。監督は『学校』『息子』『幸福の黄色いハンカチ』の山田洋次。出演は、渥美清、倍賞千恵子、いしだあゆみ、片岡仁左衛門など。後に日本を代表する長寿シリーズ『男はつらいよ』の29作目。

 多分、『男はつらいよ』シリーズ全48作の中で、一番暗い作品だと思います。もちろんコメディ映画としての爆笑シーンも楽しめますが、寅さんが恋するマドンナの不幸な境遇、作品を観終わった後でも悲しくて落ち込んでしまう程の悲恋という意味では、一番悲しい作品でしょう。『男はつらいよ』シリーズで、寅さんが恋をするマドンナ役は、美しい女性でありながら、傲慢さが無く謙虚で人間的にも魅力的な女性であるという共通点がありますが、庶民にとっての理想の女性像として描かれている為、実際には、なかなか見つからないようなタイプが多く、現実味はありません。しかし、この作品で、いしだあゆみさんが演じているかがりは、不幸な境遇の為に積極的に生きることができなくなった女性の暗さがリアルに描かれていて、器用に生きて行くことのできない女性という意味で現実味があり、失恋のつらさにも、笑って済まされない苦悩の濃さが、痛いほど伝わってきます。また、有名な陶芸家の加納先生を演じている片岡仁左衛門の、道を究めた人間にしか出せない威厳と風格には圧倒されますし、そういう人物の名言も心に残ります。柄本明の演じる、マジメなだけで才能の無い弟子の存在もアクセントになっていて、笑えるシーンもありますが、『男はつらいよ』シリーズの中では、極端に暗い作品なので、コメディを中心に楽しみたいという方、落ち込みたく無い方には向かない作品です。また、『男はつらいよ』シリーズの中でも、指折りの泣ける作品ですが、感動の涙ではなく、悲しくて泣ける作品なので、タイミングを考えて鑑賞しなければならないのが難点です。

 映画の中盤で、寅さんが、かがりさんを訪ねるシーンあたりから、つらくなってきて、観終わった後にも気が晴れず、ヘタすると夜眠れなくなるぐらい落ち込むので、次の日に仕事があるなら観る事ができません。『男はつらいよ』のマドンナ役のほとんどは、不幸な境遇でも明るくて、とらやの茶の間に遠慮なく上がれるタイプの女性が多いですが、この作品のマドンナは、視線を合わせるのも遠慮するようなタイプで、過去の不幸な経験から、積極的に生きて行こうという気力すら失っています。ちょっと暗すぎるような気もしますが、過去のツライ経験から、自分の人生に期待を持てずに消極的になってしまい、他人とのコミュニケーションがヘタなキャラクターは、現実味のあるキャラクターのような気がします。寅さんとの出会いで、そんな自分を変えようと勇気を出すのですが、寅さんの方がビビッてしまい、また悲恋で終わってしまう・・・。勇気を出して積極的に行動して、やっぱりダメだったは辛過ぎますし、かがりさんの痩せた体も、スリムで美しいというより、不幸で弱々しい女性を象徴しているようで泣けてきます。もしかしたら、この作品は、日本映画の中で一番悲しい作品かもしれません。

 まだ遊びに夢中で女の子に興味が無かった小学生の頃でも、いしだあゆみさんには魅力を感じました。初恋の相手も、いしだあゆみさんのような痩せた女の子で、子供ながらに、いしだあゆみさんを理想の女性と感じていたのかもしれません。その子も、スタイルがいいというよりは、弱々しい痩せ方をした子で、やはり、他人に対して気をつかってばかりいる大人しい女の子でした。顔は似ていませんでしたが、雰囲気が似ていて、今でも時々思い出します。私は、自分の田舎が嫌いで、ほとんど実家には帰らない上に、たまに帰ってもとんぼ返りで戻ってしまうので、田舎の旧友と会うこともほとんど無く、今どうしているかは知りませんでしたが、友達の葬式の時に見かけた時は、元気そうにしているので安心しました。男でも女でも、自分より他人の事を優先するような優しい人間は、自己主張が苦手な分、苦労が多いみたいなので、この作品のかがりさんのように、不幸な境遇の人が多いような気がします。まぁ、私が心配しても、何もしてあげられないし、何の役にも立たないんですが・・・。

頭で考えてるのとは違う、自然に生まれてくるのを待つ

 陶芸家の加納先生が、酔っ払って自分の創作についての持論を展開しています。禅の思想に近いのかもしれませんが、芸術家が作品を作るときには、他人の評価や、利益などを考える邪念を捨て、自然に作品のイメージが生まれてくるのを待ち、作品が世の中に出る手助けをしてやるんだと語っています。陶芸家に限らず、作家、音楽家など創作的な仕事をしている方にとっては、興味深い言葉だと思います。

いずれは割れるもんや、焼物は

 弟子がバタバタしているのを見て、加納先生が、諭します。どんなに大切に扱っても、形あるものは、やがて朽ち果てていきます。ちょっとしたセリフの中にも、人生や物質の儚さ、仏教的な深い人生観が感じられます。

苦労が身について、臆病になってしもうたんよね

 幼い頃に両親と別れて成長し、亭主とは死に別れ、子供と離れての寂しい生活、更に恋人に裏切られてしまうという不幸な人生を歩んできたかがり。しかも、他人の事を優先して、自分の事を後回しにしてしまう性格なので、加納先生に、『ここぞという時は、全身のエネルギーを込めてぶつかれ!』と叱られてしまいます。人生に試練が多く、何をやっても裏目に出てしまうような経験が多いと、前向きに考えて積極的に行動する事ができなくなってしまうんですよね。

会ったら、話したい事が山ほどあると思ったのに・・・

 好きな人ができると、今度会ったら、何を話そうか考え始めて、それだけでも楽しくて眠れなくなってしまったりするもんですが、いざ会ってみると緊張してしまって何も話せなくなってしまうという事もあります。あまりにも愛情が強いと、相手に嫌われたくないという思いから、緊張してしまうんですよね。そう考えると、悲しい事ですが、愛情が強ければ強いほどうまく行かないのかもしれませんね。

美しいのは、その人の罪じゃありませんから・・・

 美人だったり、美男子だったりすると、人から羨ましがられますが、必ずしもいい事ばかりではありません。美しさに魅了された多くの異性に好かれるという事は、それだけ多くの人の期待を裏切る事にもなりますし、多くの人に注目されることによってトラブルも多くなり、外見の美しさが人の妬みの対象になって苦しむ事もあります。美しいからこそ苦しむという事も多いような気がします。

風はどっちに向って吹いていますか?

 郷里に帰ったかがりさんから、手紙が届きます。元気に働いている様子ですが、風が丹後に向って吹くことを願うかがりさんの気持ちが、やっぱり悲しいです。オイ!トラ、風がどっちに吹いているとか、格好つけてる場合じゃないぞ!と怒鳴りたくなりますね。

 

名シーン

もう会えないのね

 かがりが自分に好意を持っていることを知り、逃げるように船に乗り込む寅さん。船の出港の前に、もう寅さんには会えないんだと覚悟した、かがりさんの寂しそうな表情が忘れられません。親しい人や愛する人に2度と会えないと知った時の悲しみが、かがりさんの痩せた後姿から伝わってきます。

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ガイド

いしだあゆみ

 強烈な個性で、この作品のマドンナを演じているいしだあゆみさんは、報知映画賞助演女優賞、日本アカデミー賞主演女優賞などを受賞し、女優として映画、TVで活躍していたことで有名ですが、NHKの紅白歌合戦にも、過去10回出場していて、歌手としても実力派の才能を持っています。すでに離婚していますが、いしださんと同じように、日本を代表する歌手として、役者として大活躍していた萩原健一と結婚した時は、理想のカップルとして日本中の羨望のまなざしを集めました。吉永小百合さんほどではないかもしれませんが、理想の女性像として憧れていた男性ファンも多かったと思います。



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