1983年日本映画。監督は『学校』『息子』『幸福の黄色いハンカチ』の山田洋次。出演は、渥美清、倍賞千恵子、竹下景子、中井貴一、杉田かおる
など。日本を代表する長寿シリーズ『男はつらいよ』の32作目。
『男はつらいよ』シリーズの後期の作品の中でも人気の高く、寅さんとマドンナの恋愛と寅さんが応援する若いカップル二組の恋愛が描かれ、お坊さんになることを志す寅さんのドタバタのコメディと仏教的な価値観なども学べる充実した作品になっています。自分の恋愛とは別に若いカップルを応援するというパターンは、シリーズ20作目の『男はつらいよ・寅次郎頑張れ!』や、シリーズ後期の満男の恋愛を応援する作風と同じですが、本作では、寅さんの恋愛が中心に描かれているので、初期の作品が好きな方にも満足できる作品だと思います。竹下景子さんが演じるマドンナは、和服の似合う大和撫子タイプで、父親や弟の面倒を見る母性的な面と、少女のような純真さを持つ魅力的な女性として描かれているので、マドンナの存在感だけでもかなり評価が高く、竹下景子さんは、この作品での好演によって、『男はつらいよ・知床慕』『男はつらいよ・寅次郎心の旅』にもマドンナとして登場し、浅丘ルリ子さんの4回に次いで出演回数の多いマドンナ役の女優になりました。若いカップルを演じる中井貴一と杉田かおるの二人も、若い世代の共感を得られる純愛を熱演し作品の完成度を高めています。二組の恋愛以外に、父親の遺産を巡るトラブル、親の稼業を継ぐのを拒否して自分の道を進む息子の生き方など、シリアスなテーマも物語の重要な要素になっていますが、口からでまかせのインチキ坊主として大活躍する寅さんの爆笑ネタが、暗い雰囲気を吹き飛ばしてくれています。お坊さんが主役、つまり仏教徒が主役の物語なので、俗世に生きる私たちにとっては、反省を促されるような言葉などもあり、いい意味で重みのある作品でもあります。インチキ坊主として活躍する寅さんの口から出まかせのギャグにはキレがあり、特に、寅さんが家出をした時のエピソードは爆笑ものです。二組の恋愛も、それぞれ涙無しに観る事はできない感動的な純愛として描かれていて泣けるシーンも多く、個人的には、シリーズ全48作品の中でも、トップ5に入れたい名作です。ただ、博の父親の遺産をめぐっての兄弟げんかなど、俗世の人間の欲望なども生々しく描かれているので、親の遺産問題でもめた経験のある方は、苦笑してしまうかもしれません。
私の親友が20代で出家して、仏門に入った事がありますが、結局還俗して、今では結婚して子供もいます。その友人の話だと、修行は思ったほど苦しいものではなく、解脱する為の修行は充実していて、同じ志を持つ人との共同生活も楽しかったそうです。仏教でも様々な宗派があり、修行の厳しさも違うと思いますし、命懸けの修行をしている人の精神力には敬服しますが、考えようによっては、人間性が失われた厳しい現代社会の中で生きるのも、仏門に入って修行するのと同じように苦しい修行なのかもしれません。
これは、俺の命よ
寅さんは、女房に逃げられて娘と二人きりで電車に乗っている父親に出会います。この父親にとっては、自分の娘が命。娘に対する愛情の強さを力強く口にする父親の表情が感動的です。子供を自分の命と考えるほど愛情の強い親がいてくれれば、子供にとっては最高の幸せでしょう。世の中に、こんな親が多ければ、子供に対する虐待などは無いんでしょうけれども・・・。
可能性を見つけてやるという事が、本当の愛情なんですよ
学校で成績が良ければ、進学し一流会社に就職して、経済的に豊かな暮らしができるというシステムが、先進国では定着しています。それによって、学業で成績が悪ければ、落ちこぼれ扱いで排除されてしまうような世の中になっていますが、スポーツや芸術など、受験に関係ない科目で実力を発揮できる人は、その道のプロとして活躍する可能性を持っています。絵なんか描けても役に立たない、スポーツばかりしていないで勉強しろ!なんて怒られた記憶がある人は多いと思います。子供の長所を見つけて、その長所を伸ばしてやることこそが一番重要なのかもしれません。
仏教における修行とは、煩悩を断ち切る為の命懸けの戦いです
軽い気持ちでお坊さんになろうとした寅さんに対して、御前様が、本気で怒ります。仏門に入り悟りの境地に至ろうとしている人は、様々な煩悩、人間の本能さえも断ち切ろうという心構えで修行しているんですから、本当に命懸けです。寅さんらしいと言えば笑えますが、仏に仕える御前様としては、激怒するのも当然でしょう。
修行が足りん
とらやに向う朋子を見かけた御前様が、思わず朋子の美しさに見とれてしまいます。見かけの美しさに惑わされるようでは、御前様も、まだまだ修行が足りないようですね。まぁ、俗世に生きる私たちも同じなんでしょうけど・・・。