究極のレコーディングアーティスト
ドナルド・フェイゲン(Key、Vo)とウォルター・ベッカー(G)の二人が中心になり、1972年アルバム『キャント・バイ・ア・スリル』でデビュー、このアルバムからのシングルが全米チャート6位まで上昇する大ヒットとなり、好調なスタートでしたが、元々作曲家を志していたドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーは、ライブ活動が苦手で、他のバンドメンバーと対立するようになり、デビュー当時の他のメンバーをクビにして、ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカー以外のメンバーは、スタジオミュージシャンなどを起用し、バンドというよりは、二人のユニットという形で活動を続けて行くようになります。バンドのデビュー当時のメンバーには、後にドゥービー・ブラザーズのギタリストとして活躍するジェフ・バクスターも在籍していました。
オリジナルメンバーを次々にクビにしてからは、ツアー、レコーディングともにメンバーを固定せず、後にTOTOのドラマーとなるジェフ・ポーカロ、ドゥービー・ブラザーズに参加するマイケル・マクドナルド、ダイアー・ストレイツのギタリスト、マーク・ノップラーや、ジャズ系のスタジオミュージシャン、スティーブ・ガッド(Ds)、ラリー・カールトン(G)、バーナード・パーディー(Ds)などなど、信じられないような豪華な顔ぶれでアルバムを製作していきます。1977年のアルバ『彩(エイジャ)』は全米3位まで上昇する大ヒットとなり、グラミー賞の最優秀録音賞を受賞。洗練された楽曲、アレンジだけでなく、レコーディングエンジニアなどのお手本になるような高度な録音技術も別格でした。次のアルバム『ガウチョ』も前作『彩(エイジャ)』の名盤として評価の高いアルバムになりましたが、誰一人として批判のしようがないような完璧なアルバムを製作してしまった後のプレッシャーは、かなり大きかったようで、ウォルター・ベッカーは麻薬に手を出してしまい、ドラッグ中毒でレコーディングに参加できなくなってしまいます。『彩(エイジャ)』『ガウチョ』という完璧な名盤を世に送り出した代償は大きく、結局、スティーリー・ダンは活動停止、実質的に解散になります。
1982年、ドナルド・フェイゲンは、ソロアルバム『ナイトフライ』を発表、グラミー賞にノミネートされるほどの名盤でしたが、このアルバムの音質の良さにも驚かされました。『ガウチョ』の音の良さには、レコーディングエンジニア、ミュージシャン、オーディオファンが衝撃を受けましたが、このアルバムは、それ以上でした。一方、ウォルター・ベッカーは、音楽的な活動はしていませんでしたが、何とか麻薬中毒から立ち直ったようで、ドナルド・フェイゲンとともに2000年にスティーリー・ダンとして『トゥ・アゲインスト・ザ・ネイチャー』を発表。全米チャートトップ10に入る大ヒットとなり、ファンの前に元気な姿を見せてくれました。
スティーリー・ダンのアルバムを聴くと分りますが、信じられないほどの完璧主義で、演奏力、アレンジのセンスなどは、プロのミュージシャンにとっても驚異的だと思います。荒々しいロック、スピリチュアルなロックというジャンルではありませんが、ドナルド・フェイゲンのヴォーカルは、ブルー・アイド・ソウルの雰囲気があり、白人の歌うソウルミュージックを、ジャズ的なセンスで磨き上げたアレンジ聴かせてくれるような心地良さがあります。ジャズ系のミュージシャンを多く起用していますが、4ビートの曲ではなく、ロック的なグルーブ感を基盤にしているので、ジャズファンよりロック、ポピュラーミュージックとして多くのファンに愛されているのかもしれません。