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| 中之嶽神社1 中之嶽神社は群馬県立妙義公園内にあり、 妙義山の石門めぐりの中心になっている。 ここには中之嶽神社と甲子大国神社がある。 風光明媚で、奇岩めぐりはすこしスリルがあり・・・ |
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| 中之嶽神社2(甲子大黒神社) 甲子大国神社は大国主命ほかを祀る。 大黒様は普通小槌を持っているが、ここの大黒様は剣を持っている。 20mにもなる大きな大黒様が鎮座している。 創建は弘仁9年(819)、藤原冬嗣卿と弘法大師が登嶽し、奉斎したという。 |
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| 中之嶽神社3 中之嶽神社は妙義山の南麓に鎮座する轟岩を神体とする巨岩信仰の神社。 轟岩に隣接して建立されており、本殿を持たない。 急な階段で145段の上にあり、境内からは豊かな景色を望むことが出来る。 祭神は日本武尊ほか16社を祀る。 |
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| 中之嶽神社4 昔は「波胡曽神」を山の主として祀られていたが、 倭建尊が勅命により、関東巡行の際に妙義山に登嶽された。 第29代欽明天皇(在位539~76)の御代に妙形氏が社殿を建立した。 平安末期の寿永2年(1183)藤原祐胤卿が鍛冶名工を得て真剣を奉斎した。 |
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| 中之嶽神社5 元和2(1616)、加藤長清(道士)が登嶽し、中興開山した。 江戸時代になり、小幡藩主・織田筑前守信久公が社殿を改築。 以降、織田家の鎮守として奉斎された。 |
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| 菅原神社1 かつての村社の一つで、天歴4年(950)の創建と伝えている。 祭神は菅原道真公で、神像は道真公25歳の時、自ら彫ったといわれている。 本殿は寛政8年(1796)落雷のため焼失、 その後領主・松平氏により再建された。 |
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| 菅原神社2 現在の本殿は本殿内部の錦旗に文政5年(1822)の墨書名があり、 様式その他からそのころの建立と考えられる。 本殿は銅板葺の三間社流造で、彫刻も色鮮やかに残り、 江戸時代中期の建築様式を残していることから市の文化財になっている。 |
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![]() 石仏群 |
![]() 六地蔵 |
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![]() 本堂 |
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![]() 本堂彫物 |
![]() 鍾堂 |
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![]() 地蔵菩薩 |
![]() 観音菩薩 |
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| 陽雲寺 金鶏山陽雲寺という曹洞宗のお寺。 永正3年(1506)菅原城主であった高田憲頼が先祖の冥福を祈るため創立した。 開祖は在室長端大和尚で茨城県竜ヶ崎市の金龍寺の和尚でしたが、 高田氏に請われて住職となった。 |
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| 群馬県古墳巡り | ||||||||||||||||||||||
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