埼玉歴史そぞろ歩き2
熊谷(江南)
文殊寺

狛犬(吽形)

狛犬(阿形)
 
仁王像(吽形)
 
仁王像(阿形)

仁王門

六地蔵

鐘楼門

八菩薩
 
客殿
 
狛犬

本殿

本殿扁額
文殊寺1

「野原の文殊さま」と呼ばれ、知恵の文殊寺として知られている。
天橋立、亀岡と並ぶ、「日本三体文殊菩薩」の一つ。
室町時代に五台山能満寺という天台宗の古刹として創建。
文明15年(1483)高見城主・増田四郎重富が再建開基、曹洞宗に改宗した。
文殊寺2

 
 
地蔵菩薩半跏像

芭蕉翁塚

芭蕉句碑

聖徳太子石碑

増田四郎重富の五輪塔

金子兜太句碑

青面金剛

境内社
文殊寺2

境内は広く、山門は江戸時代中期の建築で、市の文化財になっている。
楼鍾門は明治34(1901)に再建された。
このほか境内には芭蕉句碑をはじめ多くの石造物が残る。
開基の増田四郎重富の五輪塔が境内の林に残る。
八幡神社(野原)

鳥居


境内

拝殿扁額

狛犬(阿形)

狛犬(吽形)

境内社

合祀社
八幡神社(野原)

創建年代等は不詳ながら、徳川家康の関東入国後、寛永10年(1633)に
領主・稲垣若狭守重太が当社を崇敬した。
侍臣田村茂兵衛に命じて社殿を造営した。
祭神は誉田別命で、ご神体は御鏡と奇石。
野原古墳群、行人塚古墳

踊る埴輪(複製)



野原古墳群

行人塚古墳正面

行人塚古墳側面から

墳頂から
野原古墳群

八幡神社裏から西方にかけて野原古墳群と呼ばれる古墳群がある。
昭和初年には三十余基を数えたが、今は数基を残すのみ。
6世紀後半から7世紀前半に築造されたといわれている。
「踊るはにわ」がここで出土して有名になった。

行人塚古墳

成沢にある一辺23m、高さ3.5mの円墳。
四隅に周溝があり、その周溝から古墳時代前期の竪穴住居跡1軒が検出された。
出土品から製鉄か鉄器製作にかかわる小鍜治跡ではないかといわれている。
真光寺

石仏群

七福神

六地蔵

山門

金剛力士像(吽形)

金剛力士像(阿形)

本堂

扁額

地蔵菩薩

弘法大師像
 
安貞2年板碑
 
境内社
真光寺

春原山観音院真光寺という真言宗智山派のお寺。
創建等は不詳ながら、宥定(寛永10年寂)が慶長年間(1596〜1615)に開山したと伝わる。
本尊は正観音菩薩で、行基作と伝わる。
境内にある安貞2年(1228)銘板石塔婆は完成品としては日本最古の資料となる。
平山家住宅

全景

 
かまど
 
屋根裏

居間

板の間

奥座敷

平山家住宅

中世の館跡に建てられた平山住宅は江戸時代中期の建築で、
関東地方でも有数の農家住宅として、国の重要文化財に指定されている。
入母屋造で大屋根は低く、巨大で60畳数の土間と五つの部屋からなっている。
くみ上げられた湾曲した松材は力強く大屋根を支えている。
宝幢寺

 
 
全景

正嘉2年板碑

石仏群

松尾芭蕉像

本堂

本尊・阿弥陀如来
宝幢寺

田中山冥迦院宝幢寺という天台宗のお寺。
本尊は阿弥陀如来像で、鎌倉時代から室町時代の作といわれ、市の文化財になっている。
境内の正嘉2年(1258)銘板石塔婆は早期武蔵型板碑の特徴を持ち、
日本最古級のものと考えられ、板石塔婆発祥期のものとされている。
赤城神社(成沢)

鳥居

拝殿

拝殿扁額

内部

境内社1

合祀社

境内社2

毘沙門天石碑
赤城神社(成沢)

創建年代等は不詳ながら、ここが平安末期から上野国新田氏の所領だったことから、
この頃に勧請されたのではないかといわれている。
江戸時代には鳴沢村の鎮守として祀られた。祭神は大巳貴命、豊城入彦命。
 
 宝光寺


六地蔵

不動堂

不動堂扁額

境内

本堂

地蔵尊

石塔
 宝光寺

板井山宝光寺という曹洞宗のお寺。本尊は薬師如来像。
創建年代は不詳ながら、かつては当地より北西の山中に泰光寺という寺があった。
元享3年(1323)に焼失、焼失した地から夢想国師が薬師尊像を見つけて当地に遷座した。
文殊寺第8世鉄山東銀大和尚が慶長6年(1601)に曹洞宗寺院として開山した。
 
 出雲乃伊波比神社

全景

せせらぎ
 
鳥居
 
境内

拝殿

本殿

浅間神社

合祀社
 
氷川社1
 
境内社2
出雲乃伊波比神社

創建年代等は不詳ながら、入間郡一帯に勢力を持った出雲系氏族が
当地に移住した際祀ったのが始まりといわれている。
延喜式神名帳に記載の「出雲乃伊波比神社」の論社といわれている。
本山は修験長命寺27世良恭法印が天文年間(1469〜1487)に
鹿島神社を勧請し、社名を出雲乃伊波比神社と改めた。 
 
八幡神社(塩) 


狛犬

境内

拝殿

内部

本殿

合祀社

廃部
八幡神社(塩)

創建年代は不詳ながら、当初当地より南方700mの地に当たる
「八幡沢」に鎮座、大永2年(1522)に本殿再建の棟札が残されたという。
慶長13年(1608)に当地に遷座、塩村の鎮守として祀られた。
祭神は誉田別命を祀る。
 
塩古墳群 


1号墳

3号墳

2号墳

16号墳

21号墳
塩古墳群

前方後方墳2基、方墳26基、円墳8基からなる
古墳時代前期(4世紀半ば〜後半)を中心とした古墳群。
1号墳は群中最大規模の前方後方墳で、全長35.3m。
弥生時代以来の方形周溝墓群という古い集団墓の性格を残す。
 
 
保泉寺  

山門

山門扁額

本堂

本堂扁額

十三重石塔

境内社
保泉寺

東方山洞泉院保泉寺という曹洞宗のお寺。
天台宗三代座主・慈覚大師が天台宗洞仙院として貞観4年(862)に開創。
その後、荒廃を見かねてた文殊寺4世王岑宗彜大和尚【弘治2年寂)が
曹洞宗寺院に改めて、天文年間(1532〜55)に開山した。
徳川家康の東国入国後、当地の領主・稲垣若狭守重太が当地に移転した
。 
 
高根神社(小江川)  
 
 
石段

狛犬(吽形)

狛犬(阿形)

狛犬2(吽形)

狛犬2(阿形)

拝殿

拝殿内部

合祀社
 
石祠
高根神社(小江川)

創建年代等は不詳ながら、文殊寺第5世霊因祖源和尚が
文殊寺出祀っていた白山神社を勧請したのではないかといわれている。
当初は「元高根」に鎮座していたが、享保年間(1716〜36)当地に遷座したという。
祭神は味耜高彦根、伊弉諾命、伊弉諾命を祀る 。
 
埼玉歴史そぞろ歩き
1.金鑚神社 2.児玉2 3.川本 4.深谷1 5.岡部1 6.岡部2 7.本庄早稲田 8.本庄2 9.本庄3 10.本庄4  
11. 深谷2 12.深谷3 13.深谷4 14.深谷5 15.深谷6 16.深谷7 17.熊谷1(妻沼1) 18.熊谷2(妻沼2) 19.熊谷3 
20.熊谷4  21.  熊谷5  22.熊谷6  23.熊谷7  24.熊谷8 25.

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