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平出雷電神社1 仁和2年(886)に京都の上賀茂神社より分霊を迎えて創建。 御祭神は別雷之大神で、古来より雷除け、厄除け、 開運などにご利益があるとされています。 三体の狛犬が出迎えてくれる。 |
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平出雷電神社2 享保2年(1802)に光格天皇の臣下が当地を進行中嵐に合い、当社を参拝。 元治2年(1865)、京都神祇伯王家令・大和守藤原朝臣より雷電宮の称号を賜る。 境内には樹齢300年の夫婦杉が建っている。 このほか境内には珍しい四神が彫られた灯籠が残る。 |
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広琳寺2 本尊は下野百観音の一つ聖観音菩薩。 文殊堂には文殊菩薩が安置されていて市の文化財になっている。 また、境内には樹齢200年といわれるシダレザクラがあり、 これも市の天然記念物に指定されている。 |
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八坂神社(道場宿町) 清原小学校の北隣の丘陵に鎮座する。 主祭神は素盞鳴尊を祀る。 創建時代など不詳・・・ 天保10年(1839)の銘が残る十九夜塔が残る。 |
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大乗寺 真言宗智山派のお寺。 飛山城の家老直江淡路守が秀永法師を招いて 文禄元年(1592)に創建した。 宝永元年(1704)本尊・地蔵菩薩などを安置した。 |
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同慶寺1 瑞竜山大乗寺という臨済宗妙心寺派のお寺。 仏国国師第3法嗣の大同妙哲禅師が開山した。 永仁年間(1293~99)、清原高俊は飛山城を築くと、 子孫長久のため伽藍を建立して菩提寺とした。 |
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同慶寺2 永禄年間(1558~70)に炎上荒廃したが、清原高武が復旧したが、 宇都宮没落後は衰退した。 飛山城の支城の機能を持ち、二重の堀が巡っていた。 寺内には清原家累代の墓碑が14基残る。 |
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飛山城址公園1(とびやまたいけん館) 飛山城址公園内に 飛山体験館が建つ。 飛山城址から出土した品々が展示されている。 飛山城は鎌倉時代に築かれ、約400年にわたり続いた。 したがって出土品も鎌倉時代から中世まで幅広い。 |
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飛山城址公園2 飛山城は鎌倉時代に宇都宮市の重臣・芳賀高俊によって築かれた。 それ以降、中世を通じて芳賀氏の重要な拠点であった。 宇都宮氏が没落すると共にその使命を終えた。 現在の城跡は城域が最も拡大した戦国時代のもので、国指定の史跡になっている。 |
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飛山城址公園3 城跡には堀や土塁が よく残っている。 史跡地内には掘立て柱建物5棟、竪穴建物2棟を復元整備している。 このほか、将兵の詰所なども復元整備している。 |
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金剛定寺1 桑島山正覚院金剛定寺という真言宗智山派のお寺。 鎌倉時代の弘安元年(1278)、伊豆北条の人・益田峰忍比丘が開山した。 室町時代に祐請が干ばつから救うため雨乞いを行い、雨を降らすことに成功して、 後小松天皇より「金剛定寺」という扁額を授かった。 |
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金剛定寺2 かつては18の塔頭と約300カ寺の末寺を有していた。 本尊は不動明王で、地蔵堂には地蔵菩薩が安置されている。 銅造宝篋印塔は市の文化財になっている。 境内のカヤノキは県の天然記念物に指定されている。 |
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栃木歴史散歩 | |||||||||||||||||
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