1970年日本映画。監督は『学校』『息子』『幸福の黄色いハンカチ』の山田洋次。出演は、渥美清、倍賞千恵子、長山藍子など。日本を代表する長寿シリーズ『男はつらいよ』の5作目。
『男はつらいよ』シリーズの3作目と4作目は、他の監督に任せた山田洋次監督ですが、自身が監督しなかった作品に不満があったらしく、本作で監督に復帰、以後、シリーズの最終作まで監督を担当します。結局、この作品の後も長寿シリーズとして続く事になりますが、本作の制作当初は、この作品を完結編にするつもりだったらしく、これで完結でも納得のいく重厚な内容になっています。山田洋次監督らしく、お馴染みのとらやの家族をはじめとして、庶民の生活を徹底的にリアルに描き、渥美清さんのキャラクターを生かした爆笑コメディも楽しめますが、渡世人の孤独な末路を生々しく描く事によって、庶民に人気のある人物像である寅さんでさえ、堅気にならなければ幸せから遠ざかってしまうという現実を強調し、1作目から本作まででは、一番暗くシリアスな内容になっています。堅気の方が観れば、それほど気にならないかもしれませんが、親分の息子が、自分の父親の極悪非道振りを見て鬼のように見えたと語る言葉にはゾッとさせられますし、人情喜劇として人気の『男はつらいよ』シリーズの主人公も、結局は、この親分と同様の極道者なんだという事実にショックを受ける人もいるかもしれません。若さ溢れる渥美清さんの、キレのある喜劇役者ぶりは相変わらず健在で、たっぷりと笑える作品なので、コメディ作品としての期待は裏切りませんが、堅気になろうと決心した寅さんが挫折する時の悲しみの表情が忘れられない作品です。『男はつらいよ』シリーズは、テレビ版の最終回で寅さんが死んでしまうというストーリーに、寅さんと同業者であるテキ屋の方から抗議が殺到して映画化されたという経緯があり、この作品の主人公の寅さんを自分の事のように感じている人も多いと思いますが、寅さんのように渡世人をしている人に、できれば堅気になって欲しいというメッセージも込められているような気がします。
はじめて観たのは、まだ子供の頃でしたが、この作品は強烈に印象に残って忘れられませんでした。マジメに働こうとしてがんばったのに、結局、挫折してしまったという物語には、他の作品での失恋の悲しみとは違う深刻さが感じられ、子供ながらに、悲しい気持ちになったのを覚えています。本作では、このシリーズでお馴染みの寅さんの勘違いがキッカケで挫折してしまいますが、堅気になろう、マジメに暮らそうという気持ちになっても、もう少しという所で、堪忍袋の緒がキレて台無しにしてしまうという事を経験している人も多いと思います。大人になってから観ると、気が短い性格が災いして、堅気の安定した暮らしを手に入れることの出来ない自分の姿に重なり、一層悲壮感が身に沁みる作品です。まぁ、自分が悪いんですけど。
地道に働くっていう事は、尊い事なのよ
宝くじが当たったり、親の遺産などで金持ちになった人は、羨ましがられる事はあっても、人に尊敬される事はありません。また、悪いことをして金持ちになっても、人に恨まれる事が多くなり、尊敬されたりはしないでしょう。ツライ事があっても我慢して地道に働いている人の方が、人に尊敬されるような気がします。
偉くなんかならなくてもいいの
妹さくらの為にも、偉くなりたいと考えている寅さんですが、さくらは、マジメに働いて堅気になってくれるだけで十分だと思っています。考えてみれば、出世したり有名人になっても、利己的で他人の事を考えられないような最悪な人間になってしまうなら、偉くなってもしょうがいないですからね。
早く気が付かなきゃいけないんだ
自分勝手に生きて、家族や友人に心配をかけている人間は、多くの人を失望させるだけでなく、結局は、自分自身で墓穴を掘ってしまいます。その事に早く気付いて立ち直れば、心配してくれる家族や友人に対して恩返しができますし、自分の為になります。寅さんの、『お前は大きな勘違いをしているぞ』という言葉に、ハッとする人もいるかもしれません。
仕事ってのはね、何しても楽なものはないんだよ
悪いことをして稼いでいる人の中には、楽な仕事をしている人もいるかもしれませんが、マジメに働いている人なら、どんな仕事をしていてもそれぞれの苦労があり、肉体的な苦痛、精神的な苦痛などの差はあっても、苦労があるという意味では、みんな同じなのかもしれません。